2019年通常国会に戸籍法の改定法案が提出されることになったようです。この法改定案は、戸籍に「マイナンバー」を導入することを含んでいます。法改定に向けた政府・法務省の考え方と今まで進められてきた戸籍のシステム化・ネットワーク化の動き、そして戸籍とプライバシーの関係や韓国の家族関係登録法/個人登録法について、共通番号いらないネットスタッフの井上和彦さんのお話(戸籍とマイナンバー学習会② 2018.7.12)をまとめました。
「IV 戸籍情報とプライバシー」では、戸籍制度へのマイナンバー制度の導入、戸籍情報を情報連携することのプライバシー侵害性について考えます。
1990年の国連総会で「改訂版電算化された個人データファイルの規制のための指針」
1が採択されています。その中の5番目に「非差別の原則」というのがあります。「配布資料(その1)」のp.6〜7に、その一部を抜粋した私訳を収録しています
2。
タイトルに「改訂版」とあるのは、最初、この指針の草稿が作られて各国に示されたのに対して、日本を含む8つの政府が意見を述べ、改訂されたためです。
5. 非差別の原則
原則6に基づいて限定的に予想される例外の場合を前提として、団体または労働組合の一員であることだけでなく、人種的または民族的出自、肌の色、性生活、政治的意見、宗教的、哲学的またはその他の信条に関する情報を含め、違法なまたは恣意的な差別を生じさせそうなデータは、蓄積されてはならない。(井上訳)
「配布資料(その1)」のp.7「註」にあるように、「非差別の原則」に対して日本政府は次のような意見を提出しました
3。
……、敏感な範疇に入るデータは国や個人によって異なるかもしれないので、それらの項目をすべての国々に共通して適用されるべきものと明記するのは適切ではない。それゆえ、これは、各国の伝統、各国の行政上の公共サービスの必要性やその他の関連状況に応じてそれぞれの国により決定されるべき問題である。(国連総会 報告書 A/44/606。井上訳)
国連の指針というのは、単にこれを国連として採択しただけでなくて、この内容を各国が自国の法律の中で反映させなさい、というものです。
戸籍の差別性に対する、日本政府の認識
この資料は八幡明彦さんが訳文を作られて、私はそれを戸籍研究者の故佐藤文明さんからいただいて資料を作ったんですけれど、八幡明彦さんはその訳文に添えて、次のように指摘しています
4。
これは、明らかに当時の戸籍・住民票のコンピュータ化に対して、差別情報の蓄積として批判が国際的に起こることを予想したものであろうが、改定案は日本政府の主張をいれなかった。
このように、もう、日本政府は、戸籍がいろいろな差別情報あるいは差別を生じさせうる情報を蓄積しているということをよく知っているわけですね。それで、こういった反対意見を述べたりしているわけです。
EU総合データ保護規則第9条との関係
2018年の5月にEUでは、「EU総合データ保護規則(General Data Protection Regulation; GDPR)」5が適用されるようになりました。その中でも、この「非差別の原則」にある情報についてはデータ処理してはいけないと、第9条「特別な範疇の個人データの処理」の第1項にはっきりと書かれています。今やこういった原則に基づかないで個人情報をやりとりしていると、EUなどから個人情報のやりとりを禁止されて企業が困ってしまうということがあるので、決して無視できない状況が国際的にもあると思います。
9 Privacy by Design:デザイン(設計)段階から取り入れるプライバシー
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日本弁護士連合会が2018年1月に、「戸籍事務にマイナンバー制度を導入することに関する意見書」6 を出しています。2017年、法務省の戸籍制度の研究会やワーキンググループが最終報告を出しましたが、この意見書はそれらに対する日本弁護士連合会の意見としてまとめられています。
データ保護・プライバシー・コミッショナー国際会議の決議
その中にこの「プライバシー・バイ・デザイン」について載っています。
現在では、プライバシーの保護を図りつつ、データ連携等の利便性を追求する考え方・取組が、世界の趨勢となっている。それが、データ保護・プライバシー・コミッショナー国際会議において、2010年10月に採択されたプライバシー・バイ・デザインに関する決議7である。
とあります。
プライバシー・バイ・デザインの7つの基本原則
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そして、プライバシー・バイ・デザインについては、7つの基本原則があるということが言われています。今、マイナンバー制度の違憲訴訟が全国で行われていますが、その東京訴訟が「原告準備書面(2)」8 の中でプライバシー・バイ・デザインについて主張しているのですが、そこから「7つの基本原則」を抜粋したのが、「配布資料(その1)」9のp.9です(右のスライドはその概要)。
予防的で初期設定されたプライバシー保護
基本原則の1つ目は、「事後的でなく事前的、救済策的でなく予防的」であること、ということが言われています。
2つ目に、プライバシー保護はあとから設定するのでなく、初期設定で有効化されること、ということが言われています。マイナンバー制度では、自動的に照会して回答してはまずいような情報についてはフラグを立てるとしているんですけれど、それは、例えばDV被害者だったりストーカーの被害者だったりが申し立てて、それを受けて初めてフラグを立てて自動的に応答しないようなやり方がされるわけです。それは、あとから付け足されるもので、初期設定されていないものです。
そういう点からいうと、もうマイナンバー制度自体がプライバシー・バイ・デザインに合っていない。さらに、機微情報を含んだ戸籍をマイナンバーで取り扱うということは輪をかけて問題であると言えると思います。
ライフサイクル全般にわたるプライバシーの保護
5番目に、データは
ライフサイクル全般にわたって保護されること、ということが書かれていて、
すべてのデータは、データライフサイクル管理の下に安全に保持され、プロセスの終了時には確実に破棄される
とあります。
データが必要なくなったら確実に破棄されなければならないとなっているのですが、先ほども言ったように、戸籍は何のために個人情報を集めているのか、その目的が書かれていない。で、保存期間が延びていて150年になっている。
目的もわからないし、そのデータライフサイクルが果たして何年が適正なのかもわからないところでオンライン化が進もうとしていることも問題です。
戸籍は「プライバシーの最大限の尊重」になっていない
さらに7番目に、利用者のプライバシーを最大限に尊重すること、という原則があるんですけれど、マイナンバー制度について最初に内閣府や総務省が説明している資料の中に、目的としてプライバシーの保護を図るためということが謳われているんですね。でも、こういったところを見ていると、ぜんぜんプライバシー保護とかプライバシー・バイ・デザインになっていない。
10 戸籍情報の特殊性とプライバシー保護
名前や生年月日などの情報を排除した
マイナンバーの情報提供ネットワーク
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マイナンバーの情報提供ネットワークシステムでは、連携情報をやりとりするために、本人の名前だとか生年月日だとか本人が特定できるものを付けてやりとりすることができないことになっています。そこで、「機関別の符号」10を付けるとしています。
夫婦関係を表す「符号」
戸籍には夫婦であったり親子であったりという親族的な身分関係が載っているわけですが、じゃ、それをどういうふうに符号を付けるかというと、さっきも言った「親族関係符号」11というのを1つ1つ振っていくのだということなんです。
現在の戸籍というのは、戸籍の筆頭者がいて、筆頭者から見た続柄というのが載っているわけです。それで、「妻」と載っていれば2人は夫婦関係なんだなとわかるんですけれど、今度のではその名前を出すことができないわけです。そうすると、Aという人とBという人が夫婦だったとしたならば、そこにAとBは夫婦なんだよとわかる「共通の符合」を付けなければならない。でも、それは単にAとBは夫婦とわかるだけでなく、ほかにXとYという夫婦がいたら、XとYの夫婦の符号とは別の符号を付けなければならない。1人1人にそういうふうにやっていかなければならない。
親子関係を表す「符号」
親子関係もそうです。AとBの子どもC、D、Eがいたら、C、D、EはAとBの子どもなんだということがわかるような符合を付けなければならない。例えば、AとYの間にまた別の子どもがいたとしたら、その子どもについてはAとBの子どもでなくてAとYの間の子どもなんだとわかるような符合を付けていかなければならない。それでなければ、マイナンバーの情報提供ネットワークでは情報をやりとりできないわけです。
「親族関係符号」による、他の人との親族的な身分関係の証明の
費用対効果はどれだけある?
となると、今ある戸籍の副本システムを使って情報をやりとりするというのだけれども、そこには親族関係の符号──親子とか夫婦とか、離婚すれば元夫婦とか、養子縁組を離縁すれば元養子とか、そういう符号を全部振っていかなければならない。膨大な作業が要るわけです。果たしてそれだけの膨大なお金をかけて、それに対する費用対効果がどれだけあるのかという問題があります。住民票のほうは個人単位で作成されて個人単位の番号を振りやすいんですけれど、戸籍というのはほかの人との親族的な身分関係を証明しなければいけない。
「符号」は誰の個人情報か?
また、個人情報の保護、例えばAという人に振られた符号が、Bと夫婦だよという符号あるいはC、D、Eは子どもだよという符号は、誰の個人情報なんですか? 親族的な身分関係を証明するために符号を振るわけなんですけれども、個人単位で考えるべきプライバシー保護の観点からすると問題じゃないかということが、先ほどの清水勉弁護士の論文12の中で指摘されています。
11 戸籍の公開原則と戸籍謄本等の第三者請求に係る本人通知制度
戸籍は、実際はもう公開原則
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戸籍は、国が言うには「非公開が原則」だそうですが、第三者であっても必要があれば取ることができます。八士業といわれる弁護士、司法書士などは職務上必要であれば請求して取ることができます。だから、実際はもう、公開原則と言っていいと思います。
戸籍の不正請求事件と弁護士会・司法書士会の防止策
弁護士、司法書士などはそれぞれの弁護士会、司法書士会が作っている職務上の請求用紙を使って実際に請求するのですが、その用紙には連番で通し番号が振ってあります。例えば、悪い弁護士や司法書士がいて、誰かに、例えば探偵事務所とかにその用紙を売ってしまったというのがわかると、その弁護士会、司法書士会からは何番から何番までは不正利用される恐れがあるから、あるいは紛失したから、請求があってもこの用紙を使ってきた人には戸籍謄本とかを交付しないでくださいと自治体に通知がくるわけです。自治体では職務上の請求用紙を使った請求があったときは、ブラックリストをチェックしています。何年か前に、職務上の請求用紙を悪用して大規模な不正請求事件が起きているんです。
戸籍・住民票請求の本人通知制度(事前登録が必要)
それで、自己情報を守るために、自治体によって事前登録型の本人通知制度が導入されます。事前に自治体に申し出て登録しておくことによって、第三者が自分の戸籍謄本とか住民票を請求したときにはその本人に第三者請求がありましたと通知する制度です。自分の知らないところで勝手に戸籍謄本とかを取られないようにする制度です。
本人通知制度は、弁護士業務の妨げになる場合もある
これについて、日本弁護士連合会の機関誌『自由と正義』に、池田綾子弁護士が「戸籍謄本等の交付請求にかかる本人通知制度とその問題点」を寄稿しています13。弁護士や司法書士たちは仮差押えなどの処分をするときに、相手方の戸籍謄本や附票や住民票を取ったりして本人の氏名や住所を特定した上で裁判所に手続きをするのですが、この通知制度があると、弁護士や司法書士たちが請求すると、本人が戸籍や住民票などが請求されたから何かされるな、とわかってしまう。そうすると、財産を隠したり雲隠れしたりするということで、弁護士たちの業務に支障があると池田弁護士は書いています。
DV・ストーカー被害者にとって、「公開原則」は生命に関わる問題
ところが、DV・ストーカー被害者の方について、住民票の請求があっても交付しないでくださいという申立てをしておけば交付されないんですけれども、DVの加害者の代理人である弁護士から住民票の請求があって交付してしまったという事例があった。最近になって、DV・ストーカーの加害者の代理人(特定事務受任者)から請求があっても、加害者本人からあったものと同様に扱いなさいという通知が出されています。そういったところで、戸籍の公開制度は、自己情報コントロール権とか、DV被害者からすれば生命に関わる問題にもつながるようなことがあります。
12 生涯+死後150 年にわたる
身分関係情報と居住関係情報の連携・管理要請
戸籍の連携システムによる戸籍情報利用の拡大情報
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法務省法制審議会戸籍法部会の「中間試案」14の中で、この戸籍の連携システムをつくって、さらにマイナンバーにひも付けして何に利用するのか、ということなのですが、児童扶養手当だとか年金事務、旅券事務に使うとされています。しかし、さらに戸籍情報を利用した利用拡大がすでにもう検討されているのです。
不動産登記事務への利用拡大の検討
一つが、不動産登記情報に戸籍情報を利用しようということが言われています。土地とか建物の登記システムというのは、今すでに全国オンラインでつながれていて、その地域の登記所に行かなくてもほかのところでも登記簿の証明書が取れるようになっています。
今、問題になっているのが、所有者が死亡しても変更手続きをきちんとしないで放ったらかしになっている土地が全国で九州と同じくらいの面積あると言われている問題です。今現在の所有者がわからないので、地域開発とか市街地再開発とかをするのに支障になっているのが問題になっています。このまま放っておくと北海道くらいの面積になると言われている。
そこで、戸籍の死亡届が出されたときに、その情報が登記所にも送られて、相続が発生したことがわかる。そうすれば登記所のほうでは相続人を探してきちんと手続きしてくださいと言える、というところでの利用拡大が検討されています。
保管されていた遺言書の執行への利用構想
それから、2018年の7月7日だったと思うんですが、新聞各紙に、相続分野の民法改正が成立したという記事が出ました。その中で日経新聞の紙媒体の記事にだけちょっと載っていたんですけれど、自筆の遺言が保管してあり、遺言書を書いた人が死亡したということになったときに、保管していたところから相続人のところに遺言書が自動的に送られるようにするために、戸籍情報とかマイナンバー制度との連携をするんだ、というようなことが書かれていました。
身分関係情報・居住関係情報の連携への期待の拡大
こうして見てくると、生まれてから死ぬまででなくて、死んでさらに150年にわたって、身分関係情報あるいは居住関係の情報が情報連携されたり、管理されたり、あるいはそれをもっと使いたいという需要、要請というのが今どんどん出てきています。
外国人登録法廃止にともなう、外国人住民の居住履歴を証明する方法
もう一つ見ておかなければいけないのは、外国人登録法が廃止されたということです。先に説明したように、日本国籍を持っている人は戸籍の附票があるわけで、住民票が除票になっていても古い住所を追いかけられる。
例えば、車を買ったときの住所で登録したまま引っ越ししても、車を売りましょうというときに、登録した当時の住所の誰々と今どこどこに住んでいる誰々は同じ人ですよということを証明しなければいけないのですが、日本国籍があって戸籍の附票がある人なら取れるわけです。
外国籍の人は戸籍がないので、以前はどうやったかというと、外国人登録原票というのがあって、それが法務局などに保管されていて請求して昔の住所と今の住所をつなげて証明できた。でも、外国人登録法が廃止になってしまったので、住民票には載ったんだけれど、居住履歴を証明する手段がなくなってしまった。
それで、司法書士や行政書士から、外国人も戸籍に載せろというような議論も出ています。
戸籍情報・住基情報が抱えるさまざまなプライバシー侵害性
DVの被害者はどうやって身を守るかといったら、はっきり言って、住民登録しないでくださいというのが一番安全なやり方なんですけれども、番号法の国会質疑の中で、杉田水脈議員が「住民票上の住所に住まないというのは違法行為ではないか」と質問して、それに対して総務省の役人も答えに困ってしまったというようなこともありました。
今や、本当に、身分関係の情報だけでなく、居住関係も全部の引っ越した履歴なんかも、150年保存にしようという動きが起きています。身分関係も、住所の履歴も、それが死んだあと150年間ずっと保存される。さらにそれにマイナンバーがひも付けられて、ほかの情報とも相互連携される、という事態になっているのです。