医療とマイナンバー学習会報告
医療等分野における番号制度を考える
ーー保険証資格オンライン確認を通して
I 背景 : ICT利活用の促進
#1 総務省による「ICTの活用促進」
#2 社会保障費の増大に対してICTで医療費適正化(削減)ができないか?
#3 アベノミクス
II オンライン確認の具体的方法
資格確認の流れ
▲クリックで別タブに拡大表示slide 2
III メリットとデメリット
(1)メリット : 【厚労省から】
- 資格喪失後受診に伴う事務コスト等の解消
- 高額療養費限度額適用認定証等の発行業務等の削減
- 特定健診結果や薬剤情報を照会出来る仕組みの整備
- 保健医療データの分析の向上
(2) デメリット : 【患者側から】
- 原則としてマイナンバーカードを窓口に出さねばならない。
マイナンバーカードを持っていない場合、新たに発行してもらう必要がある。
現在発行されている保険証は約8,700万枚、対して交付済みのマイナンバーカードは1,367万枚(2018.3月現在)。つまり、新たに7,400万人の国民が発行してもらわなかればならないことになる。マイナンバーカードを持ちたくないと思っていても被保険者証は必要であるため、持たざるを得ない。
保険証を使うためにマイナンバー制の推進に組み込まれることになる。 - マイナンバーカードを受診のたびに持ち歩かなければならない。
重要個人情報と直結するカードを落とす危険性が増大する。
(3) デメリット : 【医療機関、薬局から】
- すべての診療所等にオンライン設備が必要
レセプト電子請求用の回線が想定されているが2017年3月で43.2%がオンライン請求していない。オンライン請求したくなくても保険証確認は必要であるため、オンライン化せざるをえなくなる。 - おなじくカードリーダーが必要
- レセコン(診療報酬計算請求用コンピュータ)の改修が必要
- 回線事故の場合確認不能
- 往診時の対応が未定
- 窓口で取り違えたときの混乱
- ウイルス侵入等のセキュリテイの問題
セキュリテイ確保のため院内ネットワークを閉鎖的にしていても、オンラインで確認した保険資格を電子カルテに自動転記する仕組みを取り入れれば、外に対して常時開放されることになる。
(4) デメリット : 【その他】
- システム維持のコスト
日本全国では救急を含めて24時間、医療が行われている。保険証確認も24時間必要である。それを可能にするためのコストは現在の粗い試算では、年間数十億円で、導入によるコスト削減と見合う程度となっているが、信用性には疑問がある7 。 - クラウド化によるセキュリテイ等のリスク
厚生労働省保険局の「オンライン資格確認等について」p.4 (「中間サーバーのクラウドへの移行(検討中)」)8 には次のように書かれている。オンライン資格確認は、マイナンバーの中間サーバーの機能の一部を用いるが、運営コストの縮減や将来の拡張性を考慮すると、中間サーバーの機能をクラウドに移行する必要がある。
しかし、クラウド化によるセキュリテイ等の危険が増大する可能性はないのだろうか?
IV 本質的問題、医療用(統一)IDとしての被保険者番号
「医療等分野の情報連携の共通基盤」構築の問題
公的個人認証や個人番号カードなどマイナンバー制度のインフラを活用して、医療等分野における番号制度を導入することとし、これを基盤として、医療等分野の情報連携を強力に推進する。
具体的にはまず、2017年7月以降早期に医療保険のオンライン資格確認システムを整備し、医療機関の窓口において個人番号カードを健康保険証として利用することを可能とし、医療等分野の情報連携の共通基盤を構築する。(下線は引用者による)
レセプトの「薬剤情報」がオンライン資格確認システムに集積、利用される
「特定健診データ」は医療情報だが、被保険者番号を通じてマイナンバーで管理
「EHR : 生涯健康医療電子記録」の問題
「全国保険医療情報ネットワーク」とPHR(Personal Health Record)
医療情報収集のためのIDとして個人単位化された被保険者番号を使う提案
医療IDを「住民票コードからマイナンバーのインフラを利用し生成」する構想
マイナンバーは医療に使えないはずではなかったか
社会保障分野、特に医療分野等において取り扱われる情報には、個人の生命・身体・健康等に関わる情報をはじめ、特に機微性の高い情報が含まれていることから、個人情報保護法成立の際、(中略)医療分野等の個別法を検討することが衆参両院で付帯決議されている。
五 医療、金融・信用、情報通信等、国民から高いレベルでの個人情報の保護が求められている分野について、特に適正な取り扱いの厳格な実施を確保する必要がある個人情報を保護するための個別法を早急に検討すること。(下線は筆者)
V 問題点は?
日本医師会・日本歯科医師会・日本薬剤師会の声明
日本医師会検討会による、制限された自己情報コントロール権
EUの「一般データ保護規則」(GDPR)
医療機関が検査結果や処方内容を業者に提出する、新しい法制度
医療情報の漏洩やサイバー犯罪の危険性
人質ウィルス(ランサムウエア)や情報漏洩の危険
EHR(生涯健康医療電子記録)がさらされる脅威
最後に
付記
*マイナンバー制度では、当初医療情報の利用は災害時に限定されていた。災害時、以前の情報がなければ診療が困難なため、蓄積しておくのだと。しかし、災害時に回線や機器が使えると限らない。さらに、診療現場では内服状況や簡単な病歴があれば診療に大きな障害はないという声もある。そうすると巨大なシステムでなくてもお薬手帳程度で用が足りることになる。
*全国癌登録は2016年1月より始まっている。国内に医療機関で癌と診断された全例を登録する制度だが、統一IDはなく、個人識別は生年月日、住所等で行われている。しかし、将来統一IDを使用する余地は残されている。
*当日配布資料-1 p.12〜14 「マイナンバー制度と医療」は拙稿ですが、カルテ(診療記録)の共有化がなされた場合の患者さんのプライバシー侵害について述べています。ご参考までに。
参考文献
◯本文中の注は、このページ末尾に収録しています
- »「医療等分野における番号制度の活用等に関する研究会 報告書」
2015.12 厚生労働省情報政策担当参事官室
»同報告書(概要) - »「医療分野等ID導入に関する検討委員会 中間とりまとめ」
2015.7 日本医師会 医療分野等ID導入に関する検討委員会 - »「医療等分野のIDのあり方に関する報告書」
2016.6 日本医師会 医療分野等ID導入に関する検討委員会 - »「医療等IDに係る法制度整備等に関する三師会声明」
2014.11.19 日本医師会、歯科医師会、薬剤師会 - »「個人データの取り扱いに係る自然人の保護及び当該データの自由な移転に関する欧州議会及び欧州理事会規則(一般データ保護規則)」
(一般財団法人日本情報経済社会推進協会 仮日本語訳 2016.8) - »「オンライン資格確認等について」(2017年版)
2017.11.8 厚生労働省保険局(参考文献 11「オンライン資格確認等について」2018年版とは、内容が異なります) - »「次世代医療基盤法の施行に向けた検討の状況について」
内閣官房健康・医療戦略室 - »「総務省における医療等分野のICT利活用について」
2016.10 総務省 - »「総務省が推進する医療ICT政策について」
2017.10.14 総務省情報流通行政局情報流通高度化推進室 - »「共通番号の危険な使われ方」
2015.3.20 白石孝他編著 現代人文社 - »「オンライン資格確認等について」(2018年版)(参考文献 6「オンライン資格確認等について」2017年版とは、内容が異なります)
2018.5.25 厚生労働省保険局(当日配布資料-2 に収録) - »「データヘルス改革に関する平成30年度予算案について」(抜粋)
2018.1 厚生労働省データヘルス改革推進本部 - »「特定健診データの保険者間の引継ぎ、マイナポータルを活用した特定健診データの閲覧について」
2018.3.30 厚生労働省保険局医療介護連携政策課
*1 総務省Webサイト »「ICT利活用の促進」 (リンク切れなどで見つからない時は »こちら)
*2 slide 1 : »当日配布資料-1 のp.1 に収録(「【参考】ICT化による医療費適正化効果の将来推計<電子カルテ、EHR、遠隔医療システム(健康管理サービス)>」 このスライドの出典は下記)。
総務省 » 「医療分野のICT化の社会経済効果に関する調査研究 報告書」 2012.3
*3 » 首相官邸「産業競争力会議課題別会合」2015.5.29
*4 » 首相官邸 「『日本再興戦略』改訂 2015 ー未来への投資・生産性革命ー 第一 総論」 2015.6.30
*5 »当日配布資料-2 「オンライン資格確認等について」の下記スライドを参照
p.1「オンライン資格確認の導入によるメリット」
p.2「被保険者番号の個人単位での履歴管理」
p.3「個人単位の番号付きの保険証様式案」
*6 slide 2 : 前出 当日配布資料-2 厚生労働省保険局「オンライン資格確認等について」 p.1「オンライン資格確認の導入によるメリット」 部分(このスライドの出典は下記)。
厚生労働省保険局 »「オンライン資格確認等について」2018.5.25
*7 前出 当日配布資料-2 厚生労働省「オンライン資格確認等について」 p.10 「オンライン資格確認等の運用コスト試算(精査中)」参照
*8 前出 当日配布資料-2 参照
*9 » 首相官邸「『日本再興戦略』改訂 2015 ー未来への投資・生産性革命ー 第二 3つのアクションプラン/第三 改革のモメンタム」2015.6.30 p.145 「② 医療・介護等分野におけるICT化の徹底」参照
*10 slide 2 : 前出 当日配布資料-2 厚生労働省「オンライン資格確認等について」 p.6 「特定健診データの保険者間の連携、マイナポータル等の活用(イメージ)」参照
*11 slide 4 前出 当日配布資料-1 のp.9に収録(このスライドの出典は下記)。
総務省 » 「総務省における医療等分野のICT利活用について」 2016.10 p.3「① クラウド型EHR高度化補助事業」
*12 Slide 5 : 厚生労働省 » 「全国保健医療情報ネットワーク・保健医療記録共有サービス関係参考資料」 2018.4.19 p.1「データヘルス改革で実現を目指すサービス①、②(保健医療記録共有 、救急時医療情報共有)」
*13 同前
*14 同前
*15 Slide 6 : 総務省» 「総務省が推進する医療ICT政策について」 p.16「手帳文化を活かしたPHR ~生涯データの活用~」。p.17「PHRサービスモデル等の構築」も参照
*16 前出 当日配布資料-2 厚生労働省 「オンライン資格確認等について」p.12 「(参考1)オンライン資格確認、個人の保健医療情報の履歴管理等に関する閣議決定」の「◯未来投資戦略2017」の項。当該閣議決定は、首相官邸 »「未来投資戦略2017」 (2017.6.9)
*17 slide 7 : 前出 当日配布資料-1 p.4 「被保険者番号の可能性」(このスライドの出典は以下)
(前出とは別の2017年版)厚生労働省 » 「オンライン資格確認等について」 2017.11.8 p.4
また、前出 当日配布資料-1の以下のスライドも参照
p.4「被保険者番号の活用可能性」(出典 : 当日配布資料-2とはことなる(2017年版の)厚生労働省 » 「オンライン資格確認等について」)p.4
p.5「データヘルス改革の基盤整備(被保険者番号の個人単位化・オンライン資格確認)」(出典 : »「厚生労働省が進めるデータヘルス改革の取組状況」 p.9)
*18 slide 8 : 前出 当日配布資料-1 末尾ページ「医療等分野における番号制度の活用等に関する研究会報告書(概要)」(スライドの出典は下記)
厚生労働省 » 「医療等分野における番号制度の活用等に関する研究会報告書(概要)」 2015.12 p.1
*19 政府・与党社会保障改革検討本部 » 社会保障・税番号大綱 p.55「第4 情報の機微性に応じた特段の措置」(このリンクは総務省webサイト上の資料)
*20 衆議院本会議 » 「個人情報の保護に関する法律案に対する附帯決議」(2003.5.6 衆議院本会議にて採択)(このリンクは総務省webサイト上の資料)
*21 slide 9 : 前出 当日配布資料-1 p.10 「医療等分野の識別子(ID)の体系のイメージ」(このスライドの出典は以下)
厚生労働省 » 「医療等分野における番号制度の活用等に関する研究会報告書(概要)」 2015.12 p.17
*22 日本医師会、日本歯科医師会、日本薬剤師会 » 「医療等IDにかかる法制整備等に関する三師会声明」 2014.11.19
*23 日本医師会医療分野等ID導入に関する検討委員会 » 「医療等分野のIDのあり方に関する報告書」 2016.6 p.3
*24 » 「個人データの取り扱いに係る自然人の保護及び当該データの自由な移転に関する欧州議会及び欧州理事会規則(一般データ保護規則)」 一般財団法人日本情報経済社会推進協会仮日本語訳 2016.8
*25 » 「医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律」 2017年法律第28号
*26 前出 当日配布資料-1 p.11 朝日新聞 「『医療ビッグデータ』提供へ始動 カルテなど集めて匿名化 企業・研究機関に」2018.4.22
*27 ITmediaエンタープライズ » 「ランサムウェアに感染した病院、身代金要求に応じる」2016.02.19 参照
*28 TREND MICRO » 「医療業界が直面するサイバー犯罪とその他の脅威」2017.7.26 参照(会員登録が必要)